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適正農業規範(GAP)で消費者の信頼回復を

株式会社AGIC
コンサルタント 田 上 隆 一

講座1 GAPは世界の常識に

 ヨーロッパ最大の果実と野菜の見本市「フルーツロジスティカ2005」が2月10日から12日まで、メッセベルリンで開催されたので筆者も参加した。巨大な会場に、世界中から1,000を越える農業生産者が出展する見本市と商談会で、ここで取引相手が見つからなければヨーロッパでは売れないといわれている。日本からは今年初めて、青森県弘前市のりんご農家「片山りんご有限会社」が出展参加した。昨年9月にEUREPGAP(ユーレップギャップ:欧州小売業組合が、安全な青果物であることを消費者に保証するための要求事項として提案し世界的に普及している適正農業規範)認証を取得した片山さんが、ヨーロッパ市場に日本の農産物を売り込むための宣伝と営業活動である。

 生産者の各ブースは、卸問屋やスーパーマーケットのバイヤーとの商談で賑わっていた。ヨーロッパ各国はもちろん、アジア、オセアニア、アフリカ、南北アメリカの生産者が、ヨーロッパへの売り込みに懸命である。ヨーロッパで販売する農産物は今年(2005年)からEUREPGAP認証が義務付けられたほどであるから、生産者はすでにGAPを取得しており、GAPはパンフレットや封筒にさりげなく印字されているのみであった。片山農園はショーケースに認証証書を張り出していたが、そのようにしているのはアジアや南米などGAP後進国に多く、やっと取得しましたと言っているよにも見えた。
 昨年の見本市参加リストには韓国の出展があったが、今年は見当たらない。その代わり中国が大きなブースに8社で進出していたのが目立った。中国ではEUREPGAPの普及が進んでおり、国内に正式審査員もいるということである。
 片山農園のりんごは英国への輸出ですでに実績を上げているが、片山ブースに参考出品した熊本のデコポンも、味が良いと評判で、輸出すれば買い手がつくこと間違いなしと言われていた。各種のかんきつ類を輸出している南米のペルーなどでも多くの生産者がEUREPGAP認証を取得して売り込んでいる。味で負けない日本のみかんは、GAP取得で攻めの農業が十分に可能である。

 見本市会場にブースを構えるEUREPGAP本部事務局を訪ねて、GAP普及の実態や問題点、今後の展開などについて尋ねた。初めての日本からの客に、長時間応対してくれたマネージング・ディレクターのモエラー博士によれば、EUREPGAPは、人間・地球・利潤のテーマに関する、農業生産の必要最低条件について、矛盾のない基準と手続を備えることを目標に、GAPの改定に努めているとのこと。日本の生産者は、日本に相応しく世界に通じるGAPを作って農場管理することで、世界中に農産物を販売してほしいと話していた。
以下、5回にわたってGAPについて解説する。

写真)EUREPGAP本部ブースで、右から片山氏、マネージングディレクターのモエラー博士、筆者

講座2 なぜGAP(適正農業規範)が必要なのか

 「食の安全」が大きな関心を集め、農産物トレーサビリティに期待が寄せられている。トレーサビリティは、生産から消費まで、商品を一貫して捉えることが必要であるといわれ、流通段階ではバーコードやICタグなどの識別子を使った管理システムが導入されている。そして生産段階では、生産の行程を文書で記録する「生産履歴」の提供が求められるようになった。
 しかし、様々な消費者アンケート調査などからも明らかなように、「生産履歴」の公開だけでは、消費者の信頼を取り戻すことはできない。農産物商品そのものの安全性をどうやって保証するのかが問われているのである。そこで、最近では、「生産現場でどれだけ注意深く安全性確保に努めたか」が問われることになり、生産者による適正農業規範(GAP:Good Agricultural Practices)の遵守が求められることになってきた。

 JAS法や農薬取締法などが改正され、有機JAS、特別栽培農産物、そしてエコ農業等々、消費者に安全な農産物を提供するために農業生産者に要求される様々な基準が作られている。その上に、適正農業規範(GAP:ジーエーピーまたはギャップといわれている)が必要だといわれては混乱してしまうかもしれないので、これらの制度の特徴を捉えることでGAPについて説明する。
 まず、有機農産物は、基本的に化学農薬や化学肥料を使わないで生産される農産物である。特別栽培農産物は、化学農薬や化学肥料(うち窒素成分)を都道府県などが明示したその地域の慣行栽培の半分以下の量で生産される農産物である。農場への化学物質の投与を禁止するか、それとも半分以下にするかの違いはあるが、いずれも環境への付加を減らすための具体的目標を持った基準であるといえる。エコ農業も基本的には同じような目標を持った基準だといえるであろう。
 もう一つの特徴は、これらの規則やガイドラインは、農産物の表示に関する基準であるということだ。他との違いを商品そのものに表示して消費者に選択してもらおうといういわゆる差別化商品ということになる。

 これに対して、GAP(適正農業規範)は、農産物の表示に関する基準ではなく、農業生産の手法に関する基準である。代表的なEUREPGAP(ユーレップギャップ)では、農産物にEUREPGAPマークを付けることを禁止しているほどである。また、GAPの目標は、農産物の安全を確保することと、安全確保を続けるために持続可能な農業システムを確立することであるといわれているが、化学物質の投与削減を定量的に規定するものではない。具体的な目標は、①農産物生産の工程と収穫後の取扱における安全確保、②農業生産における環境負荷の削減、③農業生産に携わる人の安全確保の3つで、それらの課題について、生産者自らが農場の業務改善として取り組むことが求められている。したがって、単に生産行程を記録することではなく、自分の農場および生産行程で考えられる危険度を分析し、回避のポイントを明らかにすることから始める。それらを日常活動で誠実に実施すること、その結果を売り先や消費者など第3者への情報として記録することがGAPの実行なのである。

講座3 GAPは消費者に信頼される農家のパスポート

 農林水産省は、平成16年から20年までの計画で、「生鮮農産物安全性確保対策事業」いわゆる日本版GAP(適正農業規範)の導入・確立の補助事業を実施している。生鮮果実・野菜について、病原微生物、化学物質、異物混入等の様々な危険を最小限に抑えようとする総合的なリスク低減対策としてGAPを作成して普及させようということである。
 講座2で触れたが、有機農産物や特別裁培農産物が、農場への化学物質の投与をゼロにするか50%以下に抑えるかという定量の目標であるのに対して、GAPは、農産物の安全を確保し、持続可能な農業システムを確立するための、農業生産の手法に関する基準である。この点を農水省では、次のように表現している。「当産地では、植え付け前、栽培中、収穫、選果、出荷のそれぞれの段階で、可能性のある危害を予測し、これらの危害を最少にするための対策や管理を行っており、記録を残しています、と言えるよう、体制を整え、生産管理を行い、それらの記録や書類を整備すること。」

 GAP導入の具体的な手順は次のようになる。①農産物生産には食品や環境および働く人々に危険が伴うことを意識する。②農場及び生産の過程の危険性を書き出す。③危険性の回避策を考える。④危険性の管理と回避の対策を規則化して日常の管理手順にする。⑤管理手順を実施して内容を記録する。
 このことからGAPは、健全な農業を目指す生産者のための、計画(Plan)、実施(Do)、検討(Check)、改善(Action)サイクルの管理基準であるといえる。その管理は難しいものではない。基本的には、消費者に喜んでもらおうと真心を込めて農産物を作っている人なら当然のように実施していることであり、誰もが納得できる内容である。
 例えば、圃場や用水が化学物質で汚染されていないか確認しておく、肥料や農薬の使用方法に間違いはないか、使用農薬が記録されているか、働く人たちの健康や自然環境に異常な負担をかけていないか、農産物商品に生産者名・圃場名・収穫日などが記載されているか、そして、それらの記録を内部でチェックして改善に役立てているかどうか、などがGAPの主な内容である。
 商品化された農産物の一つ一つが安全かどうかを、科学的に証明することは実務上不可能である。だから、生産者自らが、農業生産の全ての工程にわたってGAPによる管理を行うことで、「生産現場でどれだけ注意深く安全性確保に努めたか」を証明するのである。消費者やバイヤーから見れば、GAPに取り組む生産者だから信頼できるということになる。

 日本ではGAPへの取り組みが始まったばかりであるが、ヨーロッパのスーパーマーケットに出荷する農産物の生産者は、EUREPGAPの認証が必要になっている。欧州小売業組合(Euro-Retailor Produce Working Group)が、新鮮で安全な青果物であることを消費者に保証するための要求事項として1997年に提案した適正農業規範(EUREPGAP)が2000年に確立し、今年(2005年)からは、認証のない生産者からは購入しないことを明確にしている。そのため、ヨーロッパに農産物を輸出する世界各国の生産者がEUREPGAP認証を取得している。

講座4 GAPは難しくない

 2004年9月、青森県の果樹農家「農業生産法人片山りんご有限会社」と千葉県の野菜農家「農事組合法人和郷園」は、実質的な国際標準といわれているEUREPGAP(ユーレップギャップ)の認証審査を受け合格した。現在、日本には審査員がいないので、日本に近くてGAP普及が進んでいるオーストラリアや中国などから派遣されるが、両農園には、ニュージーランドの審査員が来た。
 審査員はイエスかノーかではなく、生産者との質疑応答の内容から適否を判断していく。例えば以下のような質問が発せられる。「収穫作業で衛生的に予想されるリスクは何ですか、トラクター運転のリスクと対処法はどうなっていますか、薬剤散布は誰がいつどのように決めるのですか、ここでは何のために除草したのですか」これらに対する生産者の答えに対して、審査員は内容の間違いや不足などを指摘する。この問答は、審査を受ける側にとって大変勉強になる。

 片山農場は、2003年3月に一度受審して不合格となっている。その決定的理由は、審査員に薬剤散布の格好を質問され、「合羽、長靴、マスクや帽子は着用するが、メガネをかけているのでゴーグルは着用しない」と応えたためであった。他に、「炭酸カルシウム粉剤を農薬置き場でなく肥料置き場に保管していた、スピードスプレヤーの噴口から出る水圧の記録が無かった」などが指摘されている。
 これらの経験をもとに、2005年は、EUREPGAPのチェックリストに基づいて十分な準備をした。約6ヶ月かけて品質管理基準など必要な書類の体系的な整備を行うとともに、生産から出荷までのリスク分析を行い、解決策を検討し、現場で訓練をし、内部審査も行い不適合箇所の是正処置を講じた。
 一方、和郷園農場ではGAPに取り組もうとしたのが2005年7月頃からなので、審査までに準備の時間が不足していた。片山農園の経験に学んでEUREPGAPの理解に努めたが、品質管理基準などの作成まではできなかった。審査結果は、「残留農薬分析が計画的に実施されていない、収穫から搬出までの衛生リスク分析がされていない」などで不適合の指摘を受けた。他に「育苗過程が記録されていない、農薬散布に使用した機械の記録がない、余った農薬およびタンクの洗浄液の処理記録がない、農薬貯蔵庫の流出物貯留施設がない」など細かい指摘を受けた。いずれも早急に対応できる問題だったので、1週間以内に改善し、是正報告を提出、書類の再審査で合格となった。

 不適合項目を改めて眺めてみると納得させられる。それらの多くは、日本のまじめな農家なら注意すれば比較的簡単に「適合」の評価を受けることができるものばかりであるからだ。「安全な農産物を消費者に届ける事」がGAPの最大の目的であるから適合でなければならない。
欧州の量販店がGAPを導入したそもそもの動機は、「自社の看板に傷をつけない」ためであると思われるが、GAPによって消費者は安全な農産物を手にすることができる。また、生産者にとっては、バイヤーとの信頼関係を築けること、農業生産現場の業務改善につながること、それらによって収益向上につなげられることなどのメリットがある。

講座5 GAP普及のために

 GAP(適正農業規範)の概念は、狭義には、第三者の審査を受けるための審査項目であるが、実際の運用に当たっては、広義に捉えて実施すべきである。消費者の要求に応えるために生産者が守るべき農業の基準は、少なくても次の3つに区分される。
①品質基準
 消費者の要求に応えるためには、農産物が、美味しいこと、新鮮なこと、安全なこと、消費の目的にあっていること、トレーサビリティが担保されていることなどが満たされなければならない。そのためには、農場の生産管理が正しく行われること、農産物の栽培技術が優れていること、流通や販売の関係者との共同による需給調整、物流管理システムがあることなどが必要である。
②栽培基準
 農業は再現性の低い産業である。自然に育まれた農産物は、どれ一つとっても同じものではないし、計画したように収穫できるものでもない。したがって、品質基準を満たす農産物生産のために、知りえる限りの知識や技術を動員して栽培基準を設定し、最も効果的な資材や手法を選択するとともに、可能な限り化学物質の投与を減らす統合的病害虫管理を取り入れた、総合的な作物管理を行うことが必要である。
③農業基準
 自然環境の中で行われる農業生産には、工業とは違った特有の危険性もあり、その回避策も様々である。したがって、優良な農業基準に基づいて、自ら農場及び生産工程のリスク分析を行い、農産物の安全確保に努めるとともに、その農業が永遠に持続できるよう環境保全に努めなけらばならない。

 結局、「おいしくて、新鮮で、安全」という消費者の要望に応えられる品質基準を達成して収益向上に努めることが農業経営の目標になる。その品質に対する要望は流通・販売業者にとっても重要な基準であり、その基準を満たしていない農産物は結果的に売れないのである。しかし、以上のことから、農産物とその取扱いに関して、手法が持続可能であり、環境や生態系を維持し、且つ生産者の経営が成り立つものでなければ、農業経営の継続ができないことを自覚しなければならない。全ての農産物生産は自然環境を破壊する要因となり得るが、GAPは、そのような現実の中で、持続可能な農業システムの考え方と技術の選択を行い、自然環境への負荷を少なくしようとするものである。
 GAPの世界標準といわれているEUREPGAP認証を、日本で最初に取得した片山寿伸氏(農業生産法人片山りんご(有))と、続いて合格した木内博一氏は、日本版GAPの普及は必要不可欠であると考え、GAPに取り組む優良農業生産者の組織「GAI協会:http://www.j-gap.jp/」を設立した。協会では、①GAPの確立・普及と会員に対する導入支援、②農産物流通に関する販売側との共同化と情報の収集提供、③GAP管理ツールによる会員への農業技術情報支援などを行う。また、日本版GAPを普及させるための手段として、GAPに取り組む優良生産会員の農産物を、トレーサビリティを担保し、安全で効率的に供給する新たなサプライチェーンづくりに、青果における大手全国問屋と共同して取り組む計画である。

 


 

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