・ 食の安全・安心とトレーサビリティによる農産物流通改革の方向
 

食の安全・安心とトレーサビリティによる農産物流通改革の方向

株式会社AGIC
代表取締役 田 上 隆 一

要旨

 食の安全と安心の確保のために,トレーサビリティシステムを社会的インフラにしようとする動きがあるが,安全性は科学的な手法で証明することが可能であるものの,安心は情報の信頼性によって確保されるものであることから,食に関わる全ての関係者のコンプライアンスが問われている.農場から食卓までの安全と安心を確保するためのトレーサビリティシステムは,フードチェーン全体をカバーする必要があること,及び消費者視点からあらゆる食品を一体的に取り扱わなければならないことから,追跡・遡及できる情報は,品目別に異なる安全確認履歴と,取引や移動に関する流通経路履歴とに区別して取り扱うことが必要である.そのうち標準化できるのは流通経路履歴であり,使用されるコード体系やアクセス方法などの相互運用を推進する必要がある.経済の効率化やグローバル化が進む中で食の安全と安心を確保するためには,食品関連企業の危機管理目標を「Food Safety」において,生産,処理・加工,流通・販売の各段階で,相互支援によるサプライチェーンを構成するためのビジネス・プロセス・リエンジニアリングが必要である.

キーワード:食の安全と安心,トレーサビリティ,追跡と遡及,流通経路履歴,安全確認履歴,フード・セーフティ・チェーン

はじめに

 食品事件が相次いで起り消費者の不信はかつてなく高まった.その結果としてこれまでの食品安全対策を根底から見直さなければならなくなり(新山2003a),行政を中心に,農業や漁業の生産者団体及び食品業界などが対応策に乗り出そうとしている.食品危害に対する消費者への安心対策としてのトレーサビリティシステムを社会の基盤に据えようとする動きである.しかしこの問題に対して,従来からの縦割りの行政や学術体系による手法では問題解決は困難である.単一の専門領域によるブレイクスルーではなく,横断的プロジェクトによる総合的アプローチが必要である.農業の目標は「食料を安定的に生産すること」と「安全で安心な食品を供給すること」にある(橋本2004)と言える.したがって,農業情報研究の目指すところも,単に農業・農村分野へのIT推進やそれらに関連するシステム研究だけではなく,最終的には情報化モデルに基づく農業生産並びに生産物流通に関わる基本的なコンセプトを構築することにあると考える.
 相次ぐ食品事件を食の安全と安心という視点から構造的に見ると,安全性そのものに関する事件と,情報の信頼性に関する事件とに分けることができる(松田2002a).安全性そのものに関する事件は,食品由来の危害因子の多様化として捉えることができる.O157などの大腸菌,ダイオキシン,BSE,鳥インフルエンザ,遺伝子組換え作物など,食品そのものの生物的,科学的,物理的要因が食品の危害因子となりえる場合である(新山2002a).これらは人類の食料問題として将来に渡って改善努力して行かなければならない課題である.
 一方,情報の信頼性に関する事件は,食の安全性そのものの問題ではなく,企業のコンプライアンス(法令・社会的規範の遵守)の問題である(松田2002b).食品由来の危害に対する認識の誤りや不正行為,及び知識不足や関係者の怠慢などによるリスク管理の欠如や,虚偽・隠蔽や詐欺行為などから起る社会不安などである.これらについては,科学的,技術的,社会的側面から分析を行い,関係者の努力によって解決していかなければならない.
 本稿では,食の安全安心情報の信頼性に関する問題解決のための情報システム構築への取り組み状況を紹介するとともに,食の安心とトレーサビリティシステム,及びトレーサビリティを実現するための農産物流通システムについて述べる.

連続する食品事件と対策

 消費者の食に対する信頼を崩壊させた決定的な出来事は,2001年9月に突然発表された北海道でのBSE(牛海綿状脳症)感染牛の発見である.欧州では,原因物質(プリオン)が牛肉を通じて人間にも感染し新型クロイッフェルトヤコブ病(vCJD)になる可能性が指摘され,食生活上の大きな脅威とされていたにもかかわらず,日本では発生しないとしていた農林水産省の一連の対応が,消費者の不信感を増幅させることになった.その上に,2002年1月には雪印食品の産地偽装・不正ラベル使用事件が追い討ちをかけた.政府が業界救済のために執ったBSE対策事業の補助金を搾取しようと不正にラベルの張替えを行ったのである.消費者の怒りは決定的となり,雪印食品は市場から退場させられた.しかし,牛肉だけではなく豚肉,鶏肉,魚介類,米,野菜など,その後も食品の不正表示事件や加工食品への無認可添加物事件などが続発し,さらに日本を代表する大手食品企業が不正に手を染めていることが発覚し,現在では食品産業全体が信頼を失ってしまった.
 これに対して国は,国民の健康保護のために,食品供給行程の各段階において科学的知見に基づき食品の安全性を確保する政策として「食品安全基本法」を成立(鈴木2002)させ,2003年7月に「食品安全委員会」を内閣府に設置した.BSE対策で対応遅れの原因となった農林水産・厚生労働両省の縦割り行政を見直し,消費者保護の視点で両省に安全策を勧告する権限を持たせたのである.農林水産省は,政策を大胆に見直し改革することで国民の信頼を回復しようと,食と農の再生プランを提案(2002年4月11日)し,「農場から食卓へ」顔の見える関係の構築のために,食品のトレーサビリティシステムを導入すると決め,2003年4月に「食品のトレーサビリティシステム導入の手引書(以下,ガイドライン)」を公開した(齋藤2003).また,経済産業省では,「商品トレーサビリティの向上に関する研究会」を2003年2月から実施している.ここでは,
(1)商品のトレーサビリティに関するニーズの検証.(2)企業コード,商品コード,単品管理コードなどの標準化の現状.(3)業種横断的に共通化・標準化すべきコード体系・商品履歴情報の保存手法の検証.(4)トレーサビリティを実現するに当たり必要となるデータモデルの検証.(5)トレーサビリティを実現するに当たり必要となる技術及びルールの検証などを検討している.
 2002年春,中国産の冷凍ホウレンソウから高濃度の残留農薬が検出されたことを契機に,消費者の関心は残留農薬にも向けられるようになり,農薬の使用法なども含めた農産物の栽培履歴をインターネットを使って公開するIP(Identity Preservation:身元識別保持)生産システム(注1)などが関心を集めた(細川2003).このような消費者動向から,7月には国内で,無登録農薬ダイホルタンとプリクトランを販売したとして山形県内の業者が摘発された.無登録農薬を購入した農家は全国で約4000戸,販売した業者は270店に達し(農林水産省消費安全局農産安全管理課農薬対策室2003a),一連の無登録農薬使用事件は,今まで国産の農産物は安心だという消費者の安心感を打ち砕く衝撃的な事件となった.
 このことを契機に,2002年に無登録農薬の製造・輸入及び使用の禁止,農薬使用基準の遵守義務化,罰則の強化等を内容とする農薬取締法の一部改正(農林水産省消費安全局農産安全管理課農薬対策室2003b)が行われた.さらに,2003年には「食品の安全性確保のための農林水産省関係法律の整備等に関する法律案」の一部として,販売禁止農薬,無登録農薬を販売した者に対する回収その他の措置命令,農薬の登録,使用基準の策定と残留農薬基準との整合性を図るために必要な規定を内容とする農薬取締法の改正(農林水産省消費安全局農産安全管理課農薬対策室2003c)が行われた.この改正法による農薬使用基準遵守義務化の創設に基づいて,「農薬を使用する者が遵守すべき基準を定める省令」が定められ,努力目標として農薬使用者の帳簿の記載が明記された.記載すべき項目は,(1)農薬を使用した年月日,(2)農薬を使用した場所,(3)農薬を使用した農作物等,(4)使用した農薬の種類又は名称,(5)使用した農薬の単位面積当たりの使用量又は希釈倍数,である.また,食品衛生法も残留農薬の監視・検査体制強化などを内容とする法改正が行われた(田雑2004).
 しかし,食品事件は留まることなく,食の安全と安心の問題はますます深刻化の度合いを増している.アジア各地で大流行し,タイなどでは人間にも感染して死亡者がでている鳥インフルエンザが,ついに国内でも山口や京都などの養鶏場で発生した.京都の大手養鶏会社では,結果的に25万羽という大量の鶏を死亡させるとともに,近隣の養鶏場に二次感染したとみられている.アジア各国との関連や山口や大分との関連では渡り鳥説などもあって,その感染経路は不明であり不安感はぬぐえない.また,2003年12月,米国でのBSE発生が顕在化し輸入に頼る国内牛丼チェーンから牛丼がなくなるという事態を招いている.輸入再開交渉で全頭検査を求める日本に対して,米国は「日本は科学的でない」と発言し,わが国で問題になっているが,カナダのBSE発生についてFAO(国際連合食糧農業機関)は「カナダのBSEはパニックを起こすようなものではない」と発表している.科学的根拠を重視する米国と,消費者の不安解消の「切り札」のように全頭検査を実施する日本との相違の根底には,食の安全と安心を巡る基本的な考え方の違いがある(唐木2004).

消費者の関心と安全・安心

 食品安全委員会は,2003年9月に食品安全モニター470名を対象に,食品の安全性に係る危害要因と安全性の確保についてのアンケート調査を行っている.これによると食品の安全性の観点から不安に感じているものとして「農薬」67.7%,「輸入食品」66.4%,「添加物」64.4%,「汚染物質」60.7%などが上位を占めている.第1位にあげているものを職業別で見ると,食品業経験者は「汚染物質」,研究及び医療・教育経験者は「輸入食品」,その他消費者は「添加物」であった(内閣府食品安全委員会2003).このような相違は,食品由来の危害に対する知識不足や認識の偏りなどが要因と思われる.
 また,安全を確保するための「食品表示制度」に対しては70.6%が評価しているが,「表示義務が守られていない」から不安だという人が64.4%いる.2002年に東京都が実施(回答者数492人)した消費者の食品表示への関心や信頼性についてのアンケート調査で,食品の表示が「信頼できない」65.9%(東京都生活文化局広報広聴部広聴課2002)とほぼ一致している.「信頼できる」22.4%の約3倍とその差は大きい.不信の理由としては「事業者が表示義務を守っているかどうかわからないから」49.5%,「事業者が表示義務を守っていないと思うから」20.2%と事業者に対する不信感が強くなっている.トレーサビリティに関して,周知度は25%だが,「導入して欲しい」が84.6%と多数を占めた.導入するにあたって大事なことは,「信頼される機関によって,内容が検証されていること」がトップで59.8%,「履歴内容が店頭ですぐに見られるシステムであること」45.3%,「履歴内容がわかりやすいこと」31.9%と続く.
 食品関連企業のコンプライアンス体制が厳しく問われているわけであるが,知識不足や怠慢による危害に対する認識の誤りを無くすことや,虚偽・隠蔽や詐欺行為などの不正行為を防止する体制も作らなければ食の安全と安心は確保できない.
 ところで,安全と安心は「安全・安心な食品」のように並列的に並べて用い,明確な定義づけをしないで使われることが多いが,「安全を担保することで安心を確保する」というような場合は,安全と安心の内容が区別して使われている。たんに区別するだけではなく,「くまもと食の安全安心のための基本方針」では、「食の科学的な安全の確保を徹底する」とする一方で、「消費者の視点に立ち食の安全に関する情報を的確・迅速に提供・公開するなど消費者の安心につながるよう施策を展開する」としており,一般には、「安全」は科学的基準や根拠に基づくもの、「安心」はその安全をもとに主観的な感覚を保証しようというものとして使われている(吉川ら2003).これについて専門家は,「「安全度」は科学的手法を用いた測定値として示すことが可能な客観的な尺度であり,「安心度」はあくまで人間が感じる主観的尺度である.消費者の関心事である安全性とは,実は「安心度」を意味している.したがって消費者を安心させるためには,たんに「安全度」を高めるだけでは済まない」(中嶋2002)問題であると分析している.
 科学的に検証できる「安全度」を定義すれば,危険性が社会的に許容可能な水準に抑えられている度合いであり,その確保は市場(価格による調整)にはゆだねられていない(新山2002b).この安全度の高い状態を農場から食卓まで一貫して確保するためには,初めに安全の基準を明らかにし,生産・流通・加工・販売など,フードチェーンの各段階での行程管理基準(GAP(注2)やHACCP(注3)など)を導入して,食品の品質管理や環境管理を行うなどの体制を整えることが必要である.
 一方の「安心」は,「不安のない状態」と定義することができるが、その状態についての合意は食に関する業界的にも社会一般的にも存在していないものと思われる。人が不安になるのは何が起るか分らないか、あるいは何が起ったか分らない状態の場合であり、いずれも個人的な心理状態による見解が中心である。「安全で安心な食品を供給する」ための情報化モデルの構築を目指す農業情報研究の領域においては、「安全性」確保に加えて,「安心度」つまり情報の信頼性に関する問題解決のための「情報システム」構築についての合意を持つことが必要である。

食品トレーサビリティの推進

 農林水産省は,農畜産物・水産物生産者や食品加工メーカー,流通・小売業者などに食品のトレーサビリティシステムの普及を図るためガイドラインを作成し2003年4月に公開した.ガイドラインでは食品のトレーサビリティを,「生産,処理・加工,流通・販売のフードチェーンの各段階で食品とその情報を追跡し,遡及できること」と定義し,システム導入の目的として次の3つをあげている.
(1)情報の信頼性の向上(経路の透明性を確保.消費者と取引先,権限機関への迅速かつ積極的な情報提供.識別管理された製品とラベルの照合関係を確保し表示を立証.表示や情報の誤認を防ぎ,取引の公正化に寄与).
(2)食品の安全性向上への寄与(事故の場合にその原因をプロセスを遡って迅速かつ容易に探索.事故製品の行き先を追跡することにより正確で迅速な回収・撤去.健康への予期しない影響に関するデータ収集でリスク管理手法の発展.事業者の責任を明確化).
(3)業務の効率性の向上への寄与(在庫管理などの製品管理,製品の品質管理を効率化.費用の節減や品質の向上)である. BSE対策では,世界各国に先駆けて全頭検査を実施し,食品が市場に出る前に原因物質を排除しており,すでに国内のほぼすべての牛に番号を印字した耳標が着けられ,と畜場から産地まで追跡できる(酒井2003).2003年12月施行の牛肉トレーサビリティ法(牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法)は,挽き肉や切り落としなどを除いたすべての牛肉を対象に,肉に10桁の数字「個体識別番号」をつけて牛の生年月日,性別,品種,出生地,移動暦,と蓄年月日など14項目の情報の管理を義務付けた.生産者は,子牛が生まれたら一頭一頭に番号を割り振って耳標を付けてその後の移動についても追跡する.消費者は小売店の店頭や包装パックに表示された番号を見て,インターネットなどでその情報を確認することができることになる.
 さらに,「生産情報公表牛肉JAS」(2003年12月施行)は,牛が育つ過程で使った餌や医薬品などのより詳しい情報を公表した場合,新しいJASマークを付ける「生産情報公表JASマーク」が食の安心のための表示制度としてスタートするもので,牛肉トレーサビリティ法の対象外となった輸入牛肉の生産履歴を保証するため,新たなJAS規格を作ることになった(日本農業新聞,2003年6月23日)ともいわれている.もちろん国産牛も対象であり,農林水産省は,引き続いて「生産情報公表豚肉」,そしてコメや青果物へと広げていくということである(社団法人日本農林規格協会2003).
 このような法制化と同時に,農林水産省では2001年度より「安全・安心情報高度化事業」を推進し,「食品履歴情報遡及システム開発・普及事業(日本版トレーサビリティシステムの開発)」で,2002年には,鶏肉,青果物,果汁飲料,養殖かき,野菜,水産練り製品,米の7品目のシステムを発表した.2003年はさらに実験数を12課題に増やして補助事業を実施している(農林水産省消費・安全局2003).「食品生産・流通情報提供システム開発委員会委員」の松田によると,提案されているシステムの傾向として,情報媒体としてはICタグを利用するとしたものが約1/3を占め,バーコードおよび2次元バーコードを併せた件数よりも多く,情報伝達基盤としては,ほとんどがインターネットを利用する計画になっており,構築するにあたってはXMLを利用するとしたものが多いということである.また商品識別コードについては,生鮮JANコードを使うとするものが多く,国際的に使われているUCC/EAN標準物流バーコードを明記したものもある.この傾向は,2004年度も続くはずであり,より鮮明になるであろうと分析している.

トレーサビリティシステムの要件

 ガイドラインでは,トレーサビリティシステムを「トレーサビリティのための,識別,データの作成,データの蓄積・保管,データの照合,の実施を行う一連の仕組み」であると定義している。「フードチェーンの各段階で食品とその情報を追跡し,遡及できる」ためのトレーサビリティでは,「識別」が基本となる要件である.ガイドラインでは食品識別の仕組みとして「(1)追跡する製品および原料の単位(識別単位)を定め、識別記号を付して管理すること.(2)識別された単位毎に製品および原料を分別管理すること.(3)製品および原料の識別単位とその仕入先、販売先とを対応づけ、記録すること.(4)原料の識別単位と半製品および製品の識別単位との関連をつけ、記録すること.(5)原料や製品が統合されたり分割されたりするときには、作業前の識別単位と作業後の識別単位との関連をつけ、記録すること」を要件としている.

識別とロット変化
 識別の単位は、個体かロット(生産や注文の単位(注4))であり、識別記号(識別子)を貼付して特定するが,識別単位は、生産・出荷、処理・加工・流通・販売の段階によって変化していくことが多い.そのためシステム要件としてもロットについての認識が最も重要であるといえる.ロットをどこまで認識できるようにするかが,商品をどの段階まで追跡・遡及できるのかに影響する.その範囲によって,システム全体の機能が大きく変わることになり,システムの目的とする事柄に違いが生じている.システム上の課題は,ロットが流通のどの段階まで対応が可能なのかということと,システムはロットの変化に対応できるかということである.
 食品流通においてロットがどのように変化するのか,基本的な流通パターンのモデルとして,表1に,生産者-集荷場-卸売市場-量販店センター-店舗-消費者というルートで,a)~f)のロット変化パターンを当てはめて示した.ここでの加工は,量販店配送センターで行うカットのみ,包装作業は小分けと同時作業とする流通経路を想定する.このパターンの場合,消費者に食品が届くまでに5つの事業者を通過し,20の作業や手段を経て,21のロット変化を繰り返すことになる.この流通パターンよりもさらに複雑な流通や加工を経過する場合を考えると,ロット変化も非常に複雑になることが容易に想像できる.

ロットの結合と分割
 表1の流通経路とロット変化のパターンをフロー図にし,ID付与の単位を意識した(図1).流通では,図中の●印一つ一つがロットとして取り扱えることになり,これら全てのロット変化に一つ一つIDを付与し,前後関係をつければよいことになる.しかし,それではあまりにも煩雑すぎ実務上は無駄でもある.トレーサビリティシステムで必要な機能とは,食品の追跡や遡及ができることであり,これを満たせばよいのであるから,ロット変化a)からf)のうち,a)入荷,b)出荷,c)内部輸送・保存,f)加熱・冷凍・乾燥のロット変化の組み合わせやその繰り返しの場合には,作業及び前後関係は内部で記録しておけばよい.つまり,個別のIDを付与するのはd)結合,e)分割のロット変化のように取扱い単位が変化する場合にのみ行えばよいということになる(図中破線に囲まれた単位に).

ロットIDと取引履歴 
 情報処理では,入荷,出荷データを,ロットIDと入出荷先を示すコードなどとを対応づけ,処理前のロットIDと処理後のロットIDとを対応づければよい(図2).「何時,誰から,何を,どれだけ受け取ったか」「何時,誰に,何を,どれだけ受け渡したか」の取引履歴を記録することである.事業所内部では,一つのロットを分割する処理でAが二つに分割されa-1,a-2となり,さらにc-1,c-2になっていることがわかる.二つのロットを結合する処理では,c-2がAとBにより生成されていることが分かる.
 このように入出荷と処理の前後関係を対応付け,記録することで,異なるロットに異なるIDを付与し,識別することが可能となる.この「入出荷」と「処理」の二つが,流通における動作の基本的な要素となる.また,処理と処理の前後関係を対応付け識別するこの方法は,比較的単純な要素の繰り返しであり,連続性や汎用性が見られる.したがって,ロットを識別するための構造として,結合・分割のロット変化のみ異なるIDを付与し,IDの前後関係を処理データファイルに,IDの入出荷先をそれぞれ入荷ファイル,出荷ファイルに記録するシステムがあればよい.

ID付与のコード体系
 商品を識別するための情報システムとしては、商品を示す情報(ID)が唯一無二であることと,データベース上でそれがわかることが必要である.ロット変化の中では,結合・分割のロット変化のみ異なるIDを付与すればよいとしたが,IDの付け方によっては各事業所で付与するIDが同一になる可能性がある.したがって,ID付与に関して何らかの規則を設けることが必要になる.ID付与の規則で一般的なものとして,ロケーション・ナンバーとJANコードがある.ロケーション・ナンバーは企業およびその部署を識別するためのコードで,国コード:2桁,共通企業コード:7桁,事業所コード:3桁,チェックデジット:1桁の13桁のコードから構成されている.また,JANコード(Japanese Article Number)は商品を識別するためのコードで,国コード:2桁,商品メーカーコード:5桁,商品アイテムコード:5桁,チェックデジットコード:1桁の13桁のコードから構成されている.
 このようなコード体系は,業種や品種,目的別などの違いによりいくつも規定されており,さまざまなコードが使用されている.トレーサビリティ実現のためには何らかの標準化が必要と思われる.

生産・流通・加工・保管などの安全確認履歴
 トレーサビリティシステムは,食品の生産、流通・加工および販売の各段階での安全管理経過の記録とその情報の伝達の役割を持つ。例えば農産物の生産では農薬の安全基準にしたがって農薬を散布し、結果を記録し、その記録を元にチェックを行い、安全が確保され、その情報が消費者まで伝達されること,などである(渡辺2004)。これは生産段階だけではなく,流通・加工段階における運送や梱包の記録や,販売店での店頭やバックヤードでの取り扱い記録などでも同じである.
 ただし,その際に消費者が求めているのは,農薬の種類や散布回数あるいは輸送や保管中の温度そのものではなく、安全管理の仕組みと,それが確実に運用されているかという「安全確認履歴」であり、たんに計測データを公開するだけでは消費者の安心は得られず,かえって誤解を与えることも考えられる.システムとしては,事実確認の問い合わせに対して記録情報を公開することによって,消費者が安全性を確認できることが重要となる.

情報の遡及と追跡
 「食品とその情報を追跡し遡及できること」がトレーサビリティシステムの要件とれされているが,そのためには生産、流通、加工、販売の各段階において、食品の取引履歴と,その識別と,入出荷の記録が必要で、またその記録を,流通の川上、川下双方から辿ることが出来る仕組みが必要となる。
 遡及の場合、その食品流通の一つ前の送付先に問い合わせれば,その先の段階の情報を回答するようにする.更に遡る必要があればその前の段階に問い合わせればよい.この手段をシステムとして自動化すれば流通経路を遡及できる.詳細情報が必要であれば、各段階の記録ファイルに取り扱いの詳細情報を問い合わせて必要な情報を取得すれば良いと考える.
 追跡の方法も同様で,食品の送付先にその先の送付先を問い合わせ,その回答を得ることにより追跡が出来る.追跡の場合は下流に行けば行くほど問い合わせ先が多くなるのでどこまでの情報が必要かを追跡する側が検討すれば良い.
 以上は情報を各段階で分散的に持つ方法であるが,予め情報を追跡・遡及するための専用サーバに情報を蓄積し,インターネットなどで公開することも考えられる.情報の集中管理化か分散管理かに議論が分かれるところである(杉山2003).

トレーサビリティシステム開発の現状と問題点

 食品トレーサビリティは新しい概念であり,定義そのものが固まっていない面もあるが,システムの開発は,行政に限らず,食品の生産から流通,加工,販売の各事業主体が様々に取り組んでいる(「飲・食・店」新聞フードリンクニュース2003).食品トレーサビリティシステム標準化推進協議会(注5)は,2003年12月,トレーサビリティシステムの導入に取り組んでいるか,または取り組もうとしている企業を中心にアンケート調査を行った(田上2004,).その結果によると,回答企業83社のうちすでに取り組んでいる企業は37社,準備中または検討中の企業は26社で,合計すると回答者の75%を越えていた.取り扱う商品は,肉,野菜,米,養殖魚のほか加工食品など様々であるが,いずれも単一品目を対象としている.取扱う情報は,生産・栽培履歴情報,入出荷情報,流通履歴情報などの順に多い.商品識別に使う伝達媒体はバーコードが27(複数選択,以下同じ)と圧倒的に多く,他には,ICタグ16,二次元バーコード14,紙に記載したコード番号12などが続いている.これらの媒体で使われているコード体系は,開発または利用会社が設定した独自のコードが18と多く,JANコードや青果物統一品目コードなどはそれぞれ5と少ない.
 システムの導入を決めた理由では「消費者の意識・動向」が最も多く,トレーサビリティシステムの導入によって達成される機能はという問いには,「商品の出所を明らかにできる」91%,「消費者が商品を選択できる」80%など,ガイドラインがシステム導入の目的とした「(1)情報の信頼性の向上」が可能だという答えが多い.それに対して,食品事故や品質欠陥などの事件が起った場合に,「原因の時間・場所を特定できる」60%,「問題商品の回収」69%などと,ガイドラインでいう「(2)食品の安全性向上への寄与」についての評価は極めて低い.さらに,「(3)業務の効率性の向上への寄与」に関する各項目もいずれも60%程度となっている.
 また,システムの範囲としては,フードチェーンの一部の段階で利用されるシステムが多く,ガイドラインでいう「フードチェーンの各段階」を網羅したシステムは普及していないのが実態である.食品安全の責任を明らかにするためにもトレーサビリティシステムはチェーン全体に導入されなければならない.
 アンケート結果には,農林水産省の補助事業で開発されたシステムも多数含まれているが,全体としても個別品目に対応させた多数の異なる食品トレーサビリティシステムが開発されており,システムを導入(及び利用)する側に混乱を来たす恐れがあると思われる.食品の流通過程では卸売業でも小売業でも一企業で多くの食品を取り扱うことが一般的であり,そういった企業にとっては品目別のトレーサビリティシステムの存在が多くなればなるほどシステム導入は困難になる(松田・丸山2003).農林水産省の計画は将来に向けての社会的実験ではあるが,このまま品目別のシステムが多数作られて,共通化または標準化に向けた何らかの対策がとられないとすれば,お互いに一貫しない多くのシステムは結局,利用されないことになる.

トレーサビリティシステムとIP生産システム

 食品会社が,健康や栄養,消費者の嗜好にプラスのイメージを与える食品表示を行って販売促進することは一般的であるが,農産物においても,生産者や圃場を明らかにするとともに,その生産プロセスを開示してマーケティング上の優位に立とうとするビジネスモデルがある(田上2002a,モック2000).農産物の生産者が,食品製造会社や小売店などと栽培契約し,契約の基準に基づいて栽培・管理することで品質の保証や安全の保証を行う商品差別化やブランド農産物の栽培である(田上2003a).これらは他の農産物とは区別されて流通管理されるために,結果的にトレーサビリティが確保されている(亀岡2002).このモデルは,IP生産システム(図3)と呼ばれるもので,いわゆる顔の見える農業生産販売システムである.消費者に生産者の顔を見せる手段は,ブランドであり,食の安全が問われるマーケティング環境の変化の中では,現在のマーケティングの主流である消費財マーケティング(consumer marketing)から,生産財マーケティング(producer marketing)への移行が重要になる(梅沢2003).
 IP生産システムは、有機栽培農産物や特別栽培農産物及びその他のこだわり農産物などが,顔の見える農業としての付加価値を作り出すこと,及びサプライチェーン・マネジメント(SCM(注6))による効率的な流通でコスト削減を行うなど,産地ブランド確立を目指した取り組みなどに多い.このモデルでも,契約条件に基づき栽培された農産物の品質および安全情報を確認する「畑から店頭」までの検査と追跡の認証が必要になるが,多くは,産地基準による自己認証で行われている.
 農業団体関係者の中には「トレーサビリティは国産農産物の安全性を高め輸入農産物と差別化するためのシステムである」と誤解している向きが多いが,正にこの考え方がIP生産システムの考え方なのである.ヨーロッパで行われているトレーサビリティシステムの多くが,BSE 発生後自国産の農産物を輸入品と分別するという要求から作られたもののようであり,どちらかというとIP生産システムに近いということができる(松田2002c).
 牛肉のように個体から,枝肉,部分肉,精肉と切り刻まれて小さくなることはあっても,他の牛の肉と混合されない,というような商品特性を持っている場合にはトレーサビリティが確保される。加工食品は一般に,その原材料が(有機栽培など)一定の生産基準を満たしていれば,加工の行程で複数の原材料生産者の農産物が混入されても同一商品として扱われている.消費者の立場からは,加工食品の食害に疑義を感じた場合,同一の製造ラインで同一のロットを構成する商品は,すべてリコール対象になる.この場合トレーサビリティは,小売店から加工会社までということになり,IP生産システムではトレーサビリティを確保していないということになる.
 トレーサビリティシステムは消費者の視点に立って,消費者側から生産者側へ向かって遡及できることに意味があるが,IP生産システムは生産者の視点に立って,生産者側から消費者側へ向かって考えられているシステムあるという点で、トレーサビリティシステムとは似ているが異なるシステムである.現在導入されているシステムの多くは,消費者への生産履歴情報公開に重点がおかれており,商品流通履歴情報確保への取り組みが少ない.消費者がトレーサビリティに求めているのは,食品安全確保のための社会的インフラストラクチュア(社会システム)としての役割であって,自社製品の差別化や付加価値の追及に使われることには不信と拒否感が強い.企業の利益追求優先のイメージが払拭されないからである(新山2003b).

食品取引履歴と食品移動履歴

 内部告発で鳥インフルエンザの感染が明るみにでた京都府丹波町の養鶏場では,経営者が隠蔽する間に鶏肉や卵は多数の地域の企業に販売されていたことが分った.この商品を仕入れた各社は,それぞれ消費していない,または,その先には販売していないという報道であったが,時間が立つに連れて,卸売会社から小売店や食品会社および食堂にも販売され,さらには一定量の商品は既に消費されていたことなどが,捜査の進展につれて分ってきた(注7).
 この追跡調査では,発生養鶏場の販売記録を元に,順次その先の販売先を確認するとともに,対応する鶏肉や鶏卵を特定したはずである.つまり,この流通に係わった関係企業は,ガイドラインの基本事項でいう,各段階の事業者は「食品(製品及び原料)とその仕入先および販売先を識別し,それらを対応づけ,その情報を記録し,保管すること」を何らかの形で実施していたと言える.しかし,今回それだけでは,「事故商品の行き先を追跡することにより正確で迅速な回収・撤去を行う」というトレーサビリティの目的「(2)食品の安全性向上への寄与」が達成できないことが証明される結果にもなった.
 あらためて「生産,処理・加工,流通・販売のフードチェーンの各段階で食品とその情報を追跡し,遡及できること」というガイドラインの定義を確認すると,「追跡し,遡及するのは食品とその情報」つまりトレーサビリティであるべき対象には、食品(「物」)とその「情報」との2 種類があり,両者が伴わなければならないことを示している.したがって、記録すべき情報項目は,何時,誰から,何を,どれだけ購入したか(食品取引履歴)だけではなく,商品と情報をロットごとに対応させて,何時,どこに保管したか(食品移動履歴)という情報の記録も必要であると読むことができる.鳥インフルエンザに感染したかもしれない鶏肉や卵に関しては、「食品取引履歴」と「食品移動履歴」が同時に満たされていれば,早い段階で回収・撤去が可能だったかもしれないのである.このことは,トレーサビリティに取り組む産地が個々の商品に識別番号を記したラベルを貼付しても,その商品が何処にあるかを確認するための情報が存在しなければトレーサビリティが機能しないことを意味している.
 食品移動履歴に関して、ガイドラインでは、商品の所在とか商品保管の場所という言葉に触れられていない点が気になる.ISO9000・2000における用語の定義では,トレーサビリティ概念について「考慮の対象となっているものの履歴,適用または所在を追跡できること」と記述している.さらに,フランス工業規格協会(AFNOR)「農業と食品産業-農業食品部門におけるトレーサビリティ確立のためのガイドライン」では,「製品/プロセス(経過),製品/ローカリゼーション(場所)の2つの組み合わせに適用される.トレーサビリティとはいわば物質の流れと情報の流れが統一したものといえる.」と書かれている.

トレーサビリティシステムの要件と相互運用および標準化

 トレーサビリティシステムが十分機能するためには,性格の異なる2つの情報が必要となる(松田2003a).一つは,流通経路履歴(取引履歴,食品の移動(所在)履歴)である.何時,誰から,どれだけ購入し,何時,誰に,どれだけ販売したのかを示すのが取引履歴である.また食品が何処に存在したか,所在場所をどのように変えてきたか示すのが移動(所在)履歴である.これらの情報は品目が変わっても同様に表現できる同質の情報と見なすことができる.流通経路履歴は取引企業間で受け渡しされる情報であり,適宜書き換えられたり,付け加えられたりしながら,複数の企業が関わっていくことが前提となっている.
 もう一つは,安全確認履歴である.これは食品の安全性そのものに関わる情報(生産履歴,流通・保管履歴,加工履歴,店頭履歴など)で,いわば安全を確認するための情報であり,その内容は品目別にそれぞれ異なる.豚肉とキャベツでは生産過程や加工過程も,流通管理や店頭管理も全く異なっている.なお,安全確認履歴は基本的に生産,加工,輸送・保管等に携わる企業が入力した後は情報の改変を許されない情報である.
 トレーサビリティにおいて流通経路履歴と安全確認履歴との関係は,前者が情報のパイプであり,後者がパイプを伝って入手する確認すべき情報そのものである(松田2004).したがって両者が満たされて食品のトレーサビリティが確保できることになる.このうち,食品トレーサビリティシステム標準化推進協議会が,相互運用および標準化という言葉で意味しているのは,このパイプ部分(情報として同質と考えられる流通経路履歴)を共有できるようにするということである.
 経済産業省「商品トレーサビリティの向上に関する研究会」の中間報告では,共通化の基本に(1)業際性,(2)国際性,(3)互換性,を挙げているが,ガイドラインの定義からもフードチェーンを構成するあらゆる業界の横断的参加(業際性)がなければ実現しないことは明らかである.また,トレーサビリティの国際性は,グローバル化した食品流通実態からも,アメリカでのBSE感染牛発見後のわが国の状況を見ても明らかである.また,システムの相互運用のためには,商品を識別する情報を載せる媒体(バーコード,二次元バーコード,無線タグ等のデータキャリア)に互換性を持たせるとともに,それらにアクセスする手段(情報のパイプ)も標準化(互換)されていることが望ましい.

サプライチェーンマネジメントとトレーサビリティ

 食品産業の小売店段階では,量販店の業態転換や大型店舗の増加によって過当競争の様相を呈して価格競争が見られるようになり,同時に,トレーサビリティと安全性を配慮したブランド化が重要な課題となってきた(斎藤・慶野2003).農産物の生産過程から流通・販売までの品質情報の管理に強い関心を示しており,すでに独自のGAPを提案する量販店の出現もみられる.また、流通業者は,利便性・低価格そして安全・安心志向へと多様化する消費動向にあわせて,小売・中食・外食業界への効率的供給を行おうと、ITを活用したロジスティクス・システム導入で,新たなSCMに乗り出したところもある(田上2002b).SCMを取引先企業全般にまで延ばし,原材料の生産から食品販売までのサプライチェーンを管理しようということである.背景にはECR(注8)の考え方があり,生産・流通・販売など異なる業種の会社がパートナーとして競争力を高めようという,いわばバーチャル・コーポレーションの考え方の上に立っている.ECRでは、EDI(注9)をベースにして,業種の境界を超えてデータを交換することにより,物流の迅速化や在庫の削減,タイミングを逃さない最適な生産・販売を実現することを基本的な目的としている。
 しかし,こうしたSCMでも商品の安定調達には力を発揮するが,食品安全問題ではマイナス効果をもたらす場合がある.農産物は工業製品のように計画的・安定的に生産管理できないのだが,小売店側がSCMの管理面を強調するあまり,供給者側は欠品を出して契約を取り消されることを恐れて,結果として食品事故を起こしてしまうという事例が後を絶たない.現在,導入されているトレーサビリティシステムは,量販店がプライベートブランド(PB)構築として実施するなど,販売店が注文を出して生産者・供給業者がそれに従う形で行われている.したがって,企画し管理する側の経営体を維持発展させるための管理が中心になってしまい,管理される供給者側には常に抑圧がかかり,不安と不満が残ることになる.例えば,農産物の生産および安全基準を要求する量販店は,SCM内の卸売会社に基準の確認検査を要求し,事故があった場合は卸売会社の責任にするという契約をする.したがって卸売会社は,産地側(生産者または供給業者)に遵法の誓約をさせることになる.このような川下から川上への責任転嫁の関係では,価格圧縮問題も食の安全問題も,結局,生産者にしわ寄せが来る事になり,透明で公平な取引とはいえない.

食品安全のコラボレーション

 トレーサビリティシステムの要件として,フードチェーン全体をカバーしていること,商品と情報が統一して把握されること,情報には流通経路履歴と安全確認履歴とがあることを挙げたが,農産物SCMにおいては,フードチェーン全体をカバーしていること,商品と情報が統一して把握されることまでは同じくシステム上の要件であるが,情報の内容が流通経路履歴だけであり,安全確認履歴はシステム要件の範囲ではない.
 消費者の安全要求に応えるために開発されている多数のトレーサビリティシステムは,生産履歴情報の公開に重点がおかれ,商品流通履歴情報確保への取り組みが少ないことがアンケート結果から読み取れたが,ビジネス効率を目指すSCMでは,反対に,流通経路履歴は確立されているが安全確認履歴は取り込まれていない。
 そもそも食品の安全情報は,取引情報や移動情報のように数値化したり特定化したりできるものではない.日常管理の中では問題があるかないかも確認できないようなものであり,事故や事件が発生した後でなければ,契約が守られていなかったことが明らかにできないようなものである.したがって,安全確認履歴は,チェーンを構成する中心企業が管理し,その他の企業が管理されるという管理体制のSCMにはなじみ難い要素なのである.安全確認履歴は,日頃からお互いに信頼できる関係が保たれて初めて担保されるものであるから,それをつなぐチェーンは,管理と非管理の関係ではなく,相互支援の関係が相応しい.トレーサビリティを備えた相互支援による農産物SCMができれば,それはフード・セーフティ・チェーン(図4)と呼ぶことが相応しいシステムになるであろう.
 相互支援の場合は,「支援する側と支援される側が存在することは管理体制と同様であるが,支援する側が目的とするのは,支援される側が無事に目的を達成することである,という点で管理体制とは決定的に異なる.支援する側はあくまでも支援される側の目的達成を助けることを目的として行動し,それによって結果的に自らの業務を変えることになる(松田2003b)」.管理・非管理体制では,管理する側が管理される側に一方的に要求するだけであるが,相互支援の下では,目標に向かってコラボレーション(collaboration)することになるため,お互いに変わらなければならないのである.
 小売業でも,卸売業でも,消費者の食品安全に対する信頼を回復するためにトレーサビリティシステムを導入しようとした場合,農産物調達先の全ての関係者にその必要性と手順について十分に説明し納得してもらわなければならない.また,システム導入に当たって調達先に対して業務の改善を要求しなければならないが,そのためには,それ以上に自社の業務改善が必要になる.要求する側が調達先を信頼してシステム導入するのであるから,それをカバーするためには,自社内の安全対策(Food Safety Program;商品の安心・安全を確保するための品質管理や情報管理などのP・D・C・A(注10))が必要になるからである.ここでの品質や情報のチェックシステムは,産地側が安全な農産物を継続的に供給できるための日常的支援体制である.
 英国の大手量販店テスコ(TESCO 2001)は,調達先に対して,ネイチャーズチョイス(NATURE’S CHOICE)というGAPを要求している.この中でテスコは,ネイチャーズチョイスによって,生産物が環境にも配慮された信頼できる生産方式で栽培されていることを明らかにして,消費者の食品安全と環境問題に対する関心に応えようとしている.そして,テスコの新鮮な果物,野菜,サラダや観葉植物がそれを証明しているとしている.そのため,ネイチャーズチョイスの要求を満たす生産者は,非常に高いレベルの責任と技術能力を持っており高い信頼に値するのだといっている.このようにテスコでは,ネイチャーズチョイスを前面に出して,消費者はもちろん,農産物調達先の全ての関係者にその必要性を説明している.さらにチェーンを構成する有力な卸売会社であるEWT社(Empire World Trade Ltd(注11))では,独自の納入業者基準(Supplier Code of Practice:SCP)を作成し,食品安全に最大の努力をすることは,仕入先,取引先及び消費者と私たちの共通の願いであり,そのためにSCPに基づく果実の栽培と供給は,食品安全,健康保持,環境保護,資源の合理的利用などの観点から,消費者の高い期待に応える商品であること,そして全てのサプライヤーはそのための責任を伴うのです(EMPIRE WORLD TRADE 2003),と調達先に説明し,実行のための様々な安全基準マニュアルを提供している.

おわりに

 国内の卸売会社でもトレーサビリティシステム導入による新たな農産物ビジネスモデルが検討されている.食品関連会社が食の安全に対する消費者の信頼を取り戻すためには,全社的コンプライアンスを柱に,危機管理の目標をFood Safetyにおいて,調達から納品までの中に潜在的に存在する危機因子を,その全工程に渡って専門的観点から管理することが必要である.また,Food Safety Programの品質管理や安全管理などの現実的な基準と同期をとる形で,調達先には,SCPに掲載された遵法すべき法律等の含意を読み,理解し,遵法することを要求するべきである.そして,調達先から自社へ,自社から販売先へと広範囲にわたる商品の安全管理と品質管理の行為は,商品の受渡しによって責任が生じ,また終了することを保証すべきである.つまり,生産者,集荷業者,加工会社,卸売会社,販売店がそれぞれ守るべき基準を明らかにして,お互いの責任を果たすことで信頼し,取引を行う相互支援のサプライチェーンを作ることが必要である.
 こういった川下側の今後の変化に対して,川上側つまり産地側の対応は,零細規模の農業者が多いわが国の農村事情を考慮すると,一定地域で多様な生産者を集めて作付計画から栽培・収穫・集出荷・販売までのビジネス支援を行うコーディネーター機能を有した組織体の存在が必要である(田上2003b).生産者の高齢化,老齢化に対応した省力化,出荷規格の簡素化,商品開発(新品目,こだわり野菜,産地パッケージ,トレーサビリティ対応)などで地域農業を取りまとめて情報支援するコンサルタント会社などである.産地のコーディネーター機能としては,農産物安全管理,マーケティング,生産計画,需給調整,物流(輸送)などである.より統合的にビジネス展開する場合は,情報支援のほかに営業活動も必要になり,その営業を生かすためには,梱包や加工処理場および在庫施設も必要で,需要ごとのチャネル管理まで行うことになるであろう.こうしたチャネル管理においては,産地のコーディネーターは,卸売会社との取り組みを強化することで,売り先確保,需給調整,物流(配送)の問題を解決することが必要になる.このようなパートナーシップの発揮によって,効率的な流通システムを形成すると同時に,フード・セーフティ・チェーンを実現する農産物流通の構造改革に結びつくものと考えられる.

注1 販売店または卸売会社との契約に基づいて農産物を生産し,販売店の店頭などで,農産物に貼付したURLでインターネット上の生産者と圃場および栽培履歴データを公開するビジネスモデル.筆者らは,2001年10月に「育ちはっきり野菜」というブランドで,東京都内のスーパーマーケットで開始した.
注2 Good Agricultural Practice:適正農業規範:米国では,衛生的な農産物を生産するために必要な条件を示す適正農業規範(GAP)の策定による衛生管理が進められ,各農家・作物毎のGAPの確立に努めている(食品総合研究所成果情報:生食用野菜・果物の衛生管理に関する米国調査)が,日本ではまだ十分な取組みがされていない.
注3  Hazard Analysis Critical Control Point:危害分析重要管理点:原料から製品にいたるまでの一連の工程を連続的に管理することによって,一つ一つの商品の安全性を保証しようとする衛生管理の手法で,HA(危害分析)とCCP(重要管理点)からなる日常的なチェックと記録を必要とする.コーデックス委員会(FAO/WHO合同食品規格委員会)が適応ガイドラインを採択したことから国際的に推奨されている.
注4 ガイドラインでは,ロットについて「ほぼ同一の条件下において加工または包装された食品の各段階での取扱い単位のこと.またロットを,(種類,品種,大きさ,包装,商標,ならびに原産地といった特徴が同一である製品のまとまり)として用いることもある.品目によって何をロットとするかは異なる」と定義している.
注5 2003年4月に農業情報学会で呼びかけ,トレーサビリティシステムの相互運用性の確立あるいはトレーサビリティ情報の共有化を図ることを目的に組織化された.
注6原材料供給の合理化を図ってリードタイムを減らし,業務を効率化するとともに,マーケティングから商品開発まで全ての業務を同期化して,チェーンを最適化する手法.
注7 朝日新聞のホームページ(http://www.asahi.com/special/avian-flu/)の記事によると,2004年3月2日付けで,「京都府丹波町の鳥インフルエンザ感染問題で府は2日、浅田農産船井農場が2月20日から26日までの間に出荷した卵は17府県の約98万6500個にのぼると発表した。府は同28日に「5府県に計約93万個が出荷された」と発表していたが、関係自治体からの指摘などで調べ直し、訂正した。」とあり,翌3日には,「浅田農産船井農場から鶏卵を仕入れた神奈川県厚木市の食品加工工場が、弁当用のゆで卵にして全国12府県に卸した問題で、出荷先は計14市町村の弁当製造業者だったことが2日、神奈川県の調査で分かった。」と掲載されている. 2004年3月24日参照.
注8 Efficient Consumer Response:起源は、ウォルマートとP&G社のベストプラクティスで,1980年代に米国で適用され始めた消費財企業における改革の考え方と方法論.(1)効率的な品揃え、(2)効率的なプロモーション、(3)効率的な商品補充、(4)効率的な決済という4つの領域における改革機会を追求する.
注9  Electronic Data Interchange:経済産業省では「異なる組識間で、取引のためのメッセージを、通信回線を介して標準的な規約を用いて、コンピュータ間で交換すること」と定義している.
注10 調達から納品までの中に潜在的に存在する危機因子を、その全工程に渡って専門的観点から管理する体制(Food Safety Program)の,P(Plan)D(Do)C(Check)A(Action)「計画」「実施」「監視」「改善」サイクル.
注11 Empire World Trade Ltd りんごと洋梨の年間売上高は英国内で16%のシェア.1988年設立の青果物専門輸入商社/2003年度売上見込約80,000,000ポンド(160億円)


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表1 流通経路とロット変化

a)ロットの入荷 (事業者間を移動する)
b)ロットの出荷 (事業者間を移動する)
c)ロット単位で内部輸送・保存(ロットを構成する製品に変化がない)
d) ロットの結合(野菜セットなど,2つ以上のロットを合わせて新しいひとつのロットにする)
e) ロットの分割(カットなど,ひとつのロットを新しい2つ以上のロットに分ける)
f) ロットの結合・分割を行わない加工(加熱・冷凍・乾燥などの加工)
 

図1 ロット変化のフローとID付与の単位
 

図2 入荷・出荷と内部処理のロット識別とID
 

図3 資料:株式会社AGICのIPシステム概念図
 

図4 資料:松田・丸山によるフードセーフティチェーン概念図

(農業情報学会誌「農業情報研究」第13巻1号 2004年1-18頁 ●総説・解説)


 

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